2015年12月23日 (水)

沼田三次郎作品のアウトレット・セールが終了

Arigatou

 当社の移転時から開催していました、当社創業者・沼田三次郎作品のアウトレットセールですが、本日をもちまして終了させていただきます。
いただいた代金は全額、盛岡で動物救済活動をしている「プチポンもりおか」に寄附させていただきます。ご購入いただいた皆様、ありがとうございました。
 実は、沼田三次郎は自分の作品を売ることはしなかったそうです(鬼瓦を除く)。
「売ると、それに適当に価値を付けて転売する奴がいる」と、話していたらしいです。そこで最初は、希望者に無料で差し上げようかとも思いましたが、それでは無責任に扱われることを懸念して、いくらかのお金をいただくことにしました。未完成品であることを判っていても、三次郎の作品に愛着がある方、作品に癒しを感じていただいた方、寄附することに同意された方であれば、大切にして下さるだろうと思ったからです。

Hurima

 写真は、8月に駅前で開催されたアート&フリーマーケット(主催:ねまるべ遠野)に参加した時のものです。この時にお買い上げいただいた皆様との会話が忘れられません。
「三次郎さんのだべ? 三次郎さんのなら欲しい」と、遠野の皆様が20年以上に前に無くなった祖父を、憶えていて親しみを感じて居てくれることが驚きでした。
 横浜から来たという小学生が、「仏像が好きなんだ!」と言って、おじいちゃんにお願いしていくつも購入してくれたのは楽しかったですね。

Office_mae

 事務所の前にも並べていました。最初に購入いただいたのは遠野八幡宮さんでした。いくつもご購入いただいて、八幡宮境内に点在させて下さっているようです。八幡宮にお寄りの際は、宝探しのように探してみて下さい。
 その後は、通り掛かりの近所の方が次々と購入されて、中には、「隣りの人から聞いた」「何度も見ていてやっと決めた」という方が訪れてくれました。

Rokuro

 ロクロは、実は当社オリジナルでした。鬼瓦を細工する時に職人使うために、作ったものだそうです。これは、盛岡で陶芸を営んでいる方(人気作家さん!)、遠野で小さな大工仕事を請け負っている方たちが購入してくれました。

 なお、ロクロはあと2台、レンガのアウトレットセールは継続しておりますので、こちらも宜しくお願いします。

あらためて、ご協力ありがとうございました。

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2015年12月21日 (月)

劇団もしょこむ旅公演@遠野「平行螺旋〜へいこうスパイラル〜」

Mosyokomu_2

 12月20日(日)、釜石の劇団もしょこむの公演を、とおの物語館で観ました。

「えんえんつづく、仮設の暮らし。
       ぐるぐるまわる、姉妹の気持ち。」
こんなコピーがついている演目に、以前から興味をもっていましたが、今回は私も参加している「ねまるべ遠野」が協力させていただくことで、遠野公演が実現したのでした。

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2015年3月12日 (木)

あの日から4年がたちました。

久しぶりの更新になります。


 2011年3月11日から4年がたちました。1年前のBlog「3年がたちました」を読んでみましたが、復興が進んでいないことを嘆いていましたね。
 では、あれから1年後の今はどうかと言うと、TVや新聞でも報道されているように、期限が2年のはずの仮設住宅は、すっかり定着してしまった感すらあります。1年前も懸念していた人工代と材料の高騰は顕著になって、予算が見合わない、人が集まらないという理由で、大型工事の入札は「不調」「不落」が相次いでいます(土木は解消されつつあっるようですが)。2020年東京オリンピックが、その状況に拍車をかけていることは、周知の事実だと思います。
 先週末からTVや新聞では震災特集が続きましたが、そこで紹介される「頑張っている人」「頑張っている企業」の裏で、去年までは頑張っていたけれど、もう息切れしてしまった人も企業もあることも知っいるし、マスコミに取り上げられる人だけが頑張っているわけでも無いということも、知っていたいと思ってます。当然だけれど。

 4年前の今日は土曜日でした。あなたはなにをやっていましたか?
 私たちは、動いていました。

 私たちは屋根屋です。2003年の震災(殆どの人が忘れていますが)以降、何度も震災があり、大風が吹き、大雪に遭い、その度、家を守る屋根を守るために動いていました。
 だから今回も翌朝は、沿岸に行って行方不明の3人を除いて(午後に自力で戻りました)、全員が顔を揃えました。停電でなにも食べていない職人もいたので、すぐに大量の蕎麦を茹で、温かい物をお腹に入れてもらいました。


「みんな、出て来てくれてありがとう! でもまずは、家族の安全が第一だ。不安がある者は家に戻ってくれていいから」
という社長の言葉に、帰宅したのは福島出身の1人だけ。そしていくつかの班に分かれて、市内の被害状況の確認に出発しました。その時の彼らの頼もしい姿を、私は忘れることは無いと思います。

 そんな私達を支えてくれたのは小さいけれど沢山の厚意でした。
ガソリンが流通しないために物流が止まっている中、燃料タンクを増設して愛知県から資材を運んでくれたトラック運転手さん。同じ理由で全てに宅配便が「支店止め」になってる中、コッソリ資材を届けてくれたクロネコさん。私達が並ぶ時間が無いのを見ていてくれたのか、「夕方コッソリ来て。軽油を取って置くから」と、声を掛けてくれたガソリンスタンド。
心が折れそうになっていた私達は、そんな皆さんに支えてもらっていました。

 震災による屋根の被害については、瓦屋根への批判に繋がるのを恐れて、今まで触れないできました。それでも、あの年の私達の闘いについて語ってもいいころではないかと、最近思うようになりました。
少しづつ、ここで書いていくつもりです。

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2014年8月21日 (木)

【イベント】「遠野蚤の市~アート・クラフト&フリマ~」&チャリティバザー開催!!

Tono_nomiichi

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「遠野蚤の市~アート・クラフト&フリマ~」

アート・雑貨・工芸etcと、農家の自家販売、古着や雑貨の販売
日時/8月31日(日) 10:00~15:00

開催場所/遠野駅前(雨天決行)
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またまた「ねまるべ遠野」で主催のイベントがあります(^-^)
今回は、ハンドクラフト作家、グッズデザイナー、アート作家を中心として、フリマや屋台も軒を連ねる、「蚤の市」を開催します。出展予定者さまは以下の通りです。
■アート&クラフト

1 柳の下工房 (遠野)… デザイングッズ他
2 マヨイガの郷 (遠野)… 手作り品
3 厚谷 彩子 (盛岡) …手織マフラー・羊毛フエルト・手編み小物・手紡ぎ糸
4 鎌田 信八 (花巻) …小引き出し・ちゃぶ台・箸類・お椀等漆仕上げ作品
5 陶房 マルヨウ (奥州)… 食器・花器・植木鉢(寄せ植え)・ブローチ・ペンダント・ライト など
6 (有)中野商店 (東京在中の遠野の方)… 活版印刷で作ったポストカード、コースターなど紙製品
7 高橋 紗友里 (遠野) …デザイングッズ・オリジナルステッカー・ニードルフェルトのアクセサリー

■フリマ&屋台

1 Bakery maru. (遠野) …手作りパン
2 ゴウちゃんコロッケ (盛岡)… 手作りコロッケ他
3 開運丸 (山田) …鮮魚販売・浜焼き
4 堀内 ふみ子 (遠野)… 古着・雑貨・日用品

5 遠野まごころネット…古着・雑貨・日用品、他

6 遠野バーガー等

≪急遽決定!!≫チャリティバザーも開催します!

急遽決定しました!!
今回の広島県豪雨災害に対するチャリティバザー・ブースを設けることになりました。同時に募金箱も設置しますので、お立ち寄りの際はご協力お願いいたします。

主催/ねまるべ遠野
問合せ/事務局090-2993-8543
HP/
http://www.facebook.com/tono.nominoichi/

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2014年8月16日 (土)

戦没者の遺骨収集の話題から思うこと。

 NHKの「ニュース解説」で戦没者の遺骨収集の話題をやっていました。今、遺骨収拾はボランティアが担っているということでした。
 2年前でしょうか、菅首相の主導で、硫黄島の遺骨収集を行ったことと、最近は北朝鮮で民間人も含まれる遺骨収集が行われたというニュースがありましたが、それ以外はあまり聞いたことがありませんでした。
 海外のドキュメンタリーや映画を通じて、米国では国の組織で収集してると知っていたけど、日本は組織化したのは近年のことだという。宗教の違いか、国の自国民に対する責任感の違いなのか。
「国が戦争をはじめて国が送り出したのだから、国が責任を持って、最後の一柱までも本国に還すべきだ」と、解説者が最後に語っていました。
 この話題を聞いて思い出したことがありました。

 20年近く前にモンゴルに旅した時のことです。決して楽ではないツアーに、70代のご婦人が加わっていました。理由を尋ねると、旦那様がモンゴルに抑留されていたのだということでした。モンゴルで亡くなったのかどうかは忘れてしまいましたが、旦那様が辛い思いをした地を、自分も見たいのだと言ってました。「普通の観光ではないのだから、食べ慣れないものを食べて、身体を壊さないように」と、インスタント食品を大量に持ち込んでまでも訪れたモンゴル。その強い気持ちが印象的でした。
 もし、自分のダンナが外地で戦死したなら、なんとしてでもその骨を日本に帰したい、最期の地を見たいと、私もきっと思う。そして、それが叶わないまま亡くなった遺族が、日本には無数にいることに、怒りを感じました。

そんなことを感じた終戦記念日でした。

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