2015年12月21日 (月)

劇団もしょこむ旅公演@遠野「平行螺旋〜へいこうスパイラル〜」

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 12月20日(日)、釜石の劇団もしょこむの公演を、とおの物語館で観ました。

「えんえんつづく、仮設の暮らし。
       ぐるぐるまわる、姉妹の気持ち。」
こんなコピーがついている演目に、以前から興味をもっていましたが、今回は私も参加している「ねまるべ遠野」が協力させていただくことで、遠野公演が実現したのでした。

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2015年3月12日 (木)

あの日から4年がたちました。

久しぶりの更新になります。


 2011年3月11日から4年がたちました。1年前のBlog「3年がたちました」を読んでみましたが、復興が進んでいないことを嘆いていましたね。
 では、あれから1年後の今はどうかと言うと、TVや新聞でも報道されているように、期限が2年のはずの仮設住宅は、すっかり定着してしまった感すらあります。1年前も懸念していた人工代と材料の高騰は顕著になって、予算が見合わない、人が集まらないという理由で、大型工事の入札は「不調」「不落」が相次いでいます(土木は解消されつつあっるようですが)。2020年東京オリンピックが、その状況に拍車をかけていることは、周知の事実だと思います。
 先週末からTVや新聞では震災特集が続きましたが、そこで紹介される「頑張っている人」「頑張っている企業」の裏で、去年までは頑張っていたけれど、もう息切れしてしまった人も企業もあることも知っいるし、マスコミに取り上げられる人だけが頑張っているわけでも無いということも、知っていたいと思ってます。当然だけれど。

 4年前の今日は土曜日でした。あなたはなにをやっていましたか?
 私たちは、動いていました。

 私たちは屋根屋です。2003年の震災(殆どの人が忘れていますが)以降、何度も震災があり、大風が吹き、大雪に遭い、その度、家を守る屋根を守るために動いていました。
 だから今回も翌朝は、沿岸に行って行方不明の3人を除いて(午後に自力で戻りました)、全員が顔を揃えました。停電でなにも食べていない職人もいたので、すぐに大量の蕎麦を茹で、温かい物をお腹に入れてもらいました。


「みんな、出て来てくれてありがとう! でもまずは、家族の安全が第一だ。不安がある者は家に戻ってくれていいから」
という社長の言葉に、帰宅したのは福島出身の1人だけ。そしていくつかの班に分かれて、市内の被害状況の確認に出発しました。その時の彼らの頼もしい姿を、私は忘れることは無いと思います。

 そんな私達を支えてくれたのは小さいけれど沢山の厚意でした。
ガソリンが流通しないために物流が止まっている中、燃料タンクを増設して愛知県から資材を運んでくれたトラック運転手さん。同じ理由で全てに宅配便が「支店止め」になってる中、コッソリ資材を届けてくれたクロネコさん。私達が並ぶ時間が無いのを見ていてくれたのか、「夕方コッソリ来て。軽油を取って置くから」と、声を掛けてくれたガソリンスタンド。
心が折れそうになっていた私達は、そんな皆さんに支えてもらっていました。

 震災による屋根の被害については、瓦屋根への批判に繋がるのを恐れて、今まで触れないできました。それでも、あの年の私達の闘いについて語ってもいいころではないかと、最近思うようになりました。
少しづつ、ここで書いていくつもりです。

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2014年3月16日 (日)

東日本大震災から3年たちました

一週間遅くなりました。
先週の火曜日で、「東日本大震災」から3年を迎えました。1年目は振り返る余裕など無く、昨年は、「2年もたったのに、まだ修理が終わらない」というプレッシャーで、これまた振り返る余裕などありませんでした。

「今年はどういうわけだか、妙に神妙な気分になるな」
社長が事務所でポツっと言いました。私と女性の同僚とは、朝から「停電は何日だった?」「スーパーが普通の品揃えになったのはいつだった?」・・・と、3年前を振り返っていたので、思わず顔を見合わせてしまいました。そう、こんな話も昨年まではしなかったと思います。

「思い出になった」という言い方もあるけれど、あの日から、結構私たちも頑張ってきたよね~、という気分もあったかもしれません。
被災地と関わらない日が無い毎日を送っているので、忘れることは無い。むしろ、沿岸の復興・復旧をすぐそばで見ていると言ってもいいくらいの距離にいるので、3年立ってやっと、来し方を振り返る余裕が出来てきたと言えるかも知れません。

ところで、「復興が進んでいない」というのを、最近よく聴きます。そんな今、こんな本を読んでいます。
「東北発の震災論: 周辺から広域システムを考える (ちくま新書)」

あらためて言うまでもなく、日本は東京を中心とした大都市の論理で動いている。大都市以外を「周辺」と位置づけて、少し前までは、「周辺」は都市に資源の供給元だったのが、今は「収奪先」になりつつある。その経済論理は、そのまま「震災復興」にも脈々と生かされている・・・。また、「周辺」からは「中心」がよく見えるのに、「中心」からは「周辺」がよく見えない。しかも、見えていないことにも気付かないのが、「中心」の致命的な点なのだ。それでも、「中心」である都市視点での復興計画が進められているから進むわけがない、と。…まだ途中なので本書の結論までは至っていませんが、ほぼ、そんな内容なのかと。
そういえば、今日立ち読みした週刊誌では、震災直後に被災自治体が『街作り計画』を依頼した大手コンサルタントが、逆に足を引っ張っているという記事が。コンサルは、さすがに収奪目的では無いと思うけれど、見るべきことを見ないで計画を立案したようですね。その為に、復興計画が住民に受け入れられず、頓挫している自治体が複数あるという。ちょっとだけ、復興住宅に関わっているので、「うんうん、うん〜」と頷いてしまいました。(詳しくは書けません)
 …どうして、東京の有名なコンサルタントや大学の先生に依頼したんでしょうかね。それとも、無償でやってくれると申し出があったんでしょうか・・・? せめて、同じ気候風土に暮らしている東北の大学の先生では、だめだったんでしょう。

東北のこの3年間は、政治家のアピールの場になり、足の引っ張り合いの場になり、壮大な実験場にもなり、建築家や経済評論家の研究対象になりました。で? そして何人が残って、何が残ったのでしょう? 今はまだ表面化しなくても、さらに10年経った時に、この3年の成果は見えて来るのでしょうか。・・・・そんなことをボンヤリ考えています。

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2013年12月10日 (火)

新しい薬師窯に火が入る

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11月13日に行われた、宮守町の「薬師窯」(菊池和好氏)の火入れ式の写真です。

 東日本大震災で以前の窯は大きな被害を受けました。しばらくは立ち上がることも出来なかった菊池さんを、新しい窯作りへと向かわせたのは、ボランティアの力でした。当時の様子はコチラ---> http://tono-yome.cocolog-nifty.com/slowlife/2011/05/post.html

「ぼくにとっては、窯も作品の一部だ」
「人生最後の窯になると思う」
色んな思いがグルグル回っていた2年8ヶ月を経て、この日、3年ぶりに薬師窯に火が入りました。

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 前の窯を積んだ時は、菊池さんは独身だったはずです。その後、結婚して男の子が産まれました。今回の火入れ式のもう一人の主役は、彼の家族だと思います。
 もし、独身のままであの震災に遭っていたとしたら、彼はもう一度窯を作ろうとはしなかったのではないかと、私は勝手に思っています。磁器作りの修行もしていた彼は、食べるためだけなら、ガス窯でキレイで使いやすい食器を「生産」するという選択もあったのだろうと。

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「使いやすい食器は世の中にたくさんあるけど、私は使いにくい器を作っていく。使いにくい器を優しく使ってほしい」・・・だったかな~?すごくイイコト言ってると思ったんだけど、寒さのあまり、ボンヤリとしか覚えてない(-_-;;

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 この日がいかに寒かったか、その証拠の写真を。雪をいただいた六角牛山です。

 そういえば、このそろそろ1ヶ月ですね。1週間窯を焚き続けて、ゆっくりゆっくり冷まして、窯から作品を取り出した頃だと思います。さて、納得のいく作品はどれくらい採れた(?)のでしょうか? その答えを聞くのが楽しみなような、コワイような・・・・。近々その成果を発表する機会が設けられるのでしょうから、その際はまた、ここでお知らせしますね。

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2013年11月20日 (水)

「気仙茶の花とリンゴを楽しむ会」に参加しました

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竹駒のショッピングコーナーと仮設商店街を繋ぐ仮設の橋は、枕木が使われていました。

 11月3日、焙煎工房「しゃおしゃん(主宰:前田千香子)」 主催の「気仙茶の花とリンゴを楽しむ会」に参加しました。「アトリエ てとて」 で開催された「気仙茶を味わう会」に二度参加して、情熱をもって気仙茶の復活に挑んでいる前田さんと、いつも飲んでいるお茶とは違う味わいを持つ「気仙茶」に、魅了されはじめていたからです。このツアーの主な目的は、珍しい「お茶の花」を見ることと、米崎でりんごの収穫体験でしたが、10月の台風の被害が大きかった陸前高田では、リンゴの落果の被害が報道されていたので、ちょっと不安でした。

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まず訪れたのは、元・高田松原の入り口「Tapic」。ここの前の駐車場の一角に、追悼施設が出来ていたので、まずここで、手を合わせました。

 

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そして、「Tapic」の横には、無造作に置かれた高田松原の松の切り株が。あり得ない形に変形しているのを見ると、津波の力の大きさと、それに抗った松の根の、意外な力強さを見ることが出来ます。

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 そして、米崎町に移動。古い蔵のあるお宅で、本日の目的のひとつ、自生(野生?)しているお茶の花を鑑賞。初めて見たお茶の花は、小さな白い椿に似ていました。「いつからこのお茶の木があるのかわからない」というお茶は、裏の竹林にも侵入する勢いで、その強靭な生命力を物語っていました。(竹林があるところがまた、陸前高田らしい…)

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 多分、アップルロードを南下して、小友町に入ったあたりでしょうか? 畑の法面(のりめん)に自生していたお茶の木は、海水の塩害で赤くなってしまって一度は諦めたとか。ところがある日、塩で焼けた枝の下から、新しい枝が出て来て、ここまで大きくなりました。
 ここには、「やぶ北茶」の木も生えているのですが、不思議なことに、花をつけているのは在来種だけ。

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 内陸部の田んぼは造成されて、次々と商業施設が建てられるようです。
「大型商業施設を建てることで、周囲に小売店やサービス業が建って、街場が出来て行く。そうやって、町を復興させる」と語った人がいました。その時私は、「消費する場所だけできても復興はしないのでは? 収入を得る場・雇用や、生産する場所作りが先では?」と思いました。
でも、人に活力を与えるのは、日々の生活に張り合いがあること、生活の場に「熱」があることなのかもしれないと、この風景を見ながらボンヤリ感じました。
 はだか山は、高台移転のために造成中なのでしょうか。この町の新しい形は、まだまだ見えてません。

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 そして、今回の目的の2つ目、米崎町のKさんのリンゴ畑へ。季節外れの大型台風の影響は、陸前高田のリンゴ農家を直撃しました。やっと収穫期を迎えたジョナゴールドは、殆どが落果してしまい、写真のように風で根元から倒れた木もありました。
 残った貴重なジョナゴールドの実を、自分の手でもいでみました。両手でやっと包めるほど大きい実は、スーパー袋に10個も入れると、袋が破けそうに。(実際、バスの中で破けて転がしました…) その場で、Kさんご夫婦と前田さんが皮を剥いてくれて、試食もしました。爽やかな酸味と甘さが丁度よくて、こんな美味しいりんごが、まともな値段では売ることができなかたことが残念でなりません。来年は、こちらのリンゴを購入したいと、切に思いました。
 そして、この日始めた知ったことは、岩手県で初めての「リンゴ農家」はこの地だったこと。県内で一番温暖で、もともと山の斜面を利用して、梨などの果物の栽培が盛んだった陸前高田に、最初にリンゴの木が植えられたのだとか。確かに、このリンゴ畑も山の急斜面で南に面して、太陽の光を存分に浴びていました。リンゴの木の向こうに見える海の青さを、どうして写真にとってこなかったのかと、今更ながら後悔しています。

 

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 最後は、「気仙大工左官伝承館」へ。神戸から送られた「希望の灯火」は、ここにあったのですね。
 ここでは、気仙茶を作っている方々のお話を聞きながら、気仙茶をいただきました。廃れかかっていた自家製のお茶作りを、震災後に再開したこと。再開したことで繋がった縁や、初めて知った物語に出会えたこと。「おいしい」という感覚は、「うまみ」を加えることで作ることができるけれど、そうではない「美味しさ」があることを、気仙茶は教えてくれる、ということ。
 この「伝承館」では、来年から、気仙茶と地元のお菓子を観光客に提供する計画があるというお話が出ました。「まだまだ沢山は作れないから、どれだけ提供出来るか判らないけど…」
ということですが、素晴らしいと思いました。陽の当たる縁側で、海と「希望の灯火」を眺めながら、気仙茶をいただく…。きっと、気仙の人の強さの源を感じることが出来ると思います。
 そんなわけで、来年もまた訪れたいと思っています。

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2013年9月 7日 (土)

「あまちゃん」のあるシーンについてtweetまとめ

 最近ツイッターの再掲ばかりですみません。でも、ツイッターだと、感じたことを速攻で書けるのがいいところだけど、140文字という制限の中では、いくら連投しても、思ったことがうまく伝わらないことがあるので、不完全燃焼のことがしばしば。そういうことで、ご了承下さい。

 さて、今回のテーマは9月2日月曜日に放送された、NHK朝ドラ「あまちゃん」の、多分とんでもない視聴率をあげたであろう、「あの日」の中での、あるシーンです。以下、私のtweet全文です。
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 「昼あま」の時から気になっていたのは、ネットでの安否確認。「Blogにファンが…」は納得できて思わず膝を打った。気になったのは、自治体が発信したと思われるサイトの方。このタイミングではまだ出来ていない筈とか、重箱の隅をつつきたいのではなくて、このシーンを見て「あ、ネットで探せるんだ!」とか思わないで欲しい、と思ったのです。
ああいうリストになるまでに、避難所の手書き文字を撮影する人、打ち込みする人、DB化する人、そのミラーサイトを作る人… 沢山の、お互い名前も知らない人たちの連携が積み重なって出来たのだ。「検索結果」は、自動的に出来たものじゃないってことを知っておいて欲しいのです。

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 ドラマのシーンはこんな感じ<<<< 3月11日の夜。太巻さんたちも帰宅せずに、仙台出身の小野寺ちゃんと、久慈のあきちゃんの家族の消息をネット検索で探している。チラっと写ったのは、(なぜか)大槌のリスト。結局、小野寺ちゃんのブログにファンが「小野寺ちゃんのお母さんは避難所で無事!」と書き込んでくれた。。。。ということでした。
 そうです、3月11日はまだそんな余裕は無かった筈なのですが、「ネットで安否確認」という、リアルなエピソードを盛り込むタイミングは、ここしかなかったのでしょうから、それはいいと思いました。問題は、このシーンの「見方」です。普段、誰が書き込んだとか意識せずにネット検索している人でも、「え?このデータどうしたんだ!?」と、疑問に思って欲しいな、と。
 そう思って書いたら、フォロワーさんが以下の書き込みをしていました。
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そうです、宮城も岩手も誰に頼まれたわけでもなく、内陸にいる有志がリストを作って次々とアップしてくれたのでした。もちろん情報の精度は低いです。それでも「頼みの綱はそれしかなかった」と、関西在住の彼女は続けています。後に、県が公式の「避難者リスト」をHPにアップしましたが、アクセスが集中してしまったので、誰かがミラーサイトを立ち上げてくれたりもしてました。避難所には居ない、自宅避難者や友人宅に移動した人の情報は「Google Person Finder」が有効だったようです。このサイトは海外からも利用できたのが良かったらしいですね。
今回の震災で実感したのは、今は(今の人たちは)、どんな局面でもデジタルデータを検索するのだということと、そのビッグデータは、どこかの誰かが作ってくれるものではなくて、その場に居合わせた自分自身が発信して、どこかの誰かに届ける自覚が必要なのだということでした。そしてそのためには、耳目を集めるためだけの情報やデマを拡散しない、そういう情報を排除する、情報リテラシーを身に付けておく必要があると感じています。

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2013年6月13日 (木)

被災地の建設業で雇用促進と人材育成をおこなうために、国はなにをしてくれるか?

「被災地の建設業で雇用促進と人材育成をおこなうために、国はなにをしてくれるか?」
・・・・・我ながら、すごいタイトルを付けてしまいましたが、要するに、ここ1ヶ月の間に「なにか使える補助金はないかな~?」と探してみて、今日だいたいの結論が出たので、自分の覚書のようなものです。
 沿岸被災地は今、いくらでも建設に関わる人材が欲しい時ですが、長い不況で建設労働者人口は減少の一途を辿っていました。しかし、必要になったからといっ て、昨日までデスクワークしてた人をいきなり送り出すわけにはいかないのが、建設現場なのです。そこで、「クレーン運転技能資格」「ガス溶接技能資格」 とか、「不整地運搬車運転技能講習」「玉掛け技能講習」とかを受けてもらって下さい、その負担は国も助けるよ~~! というのが、下記のような助成制度なのだと思います。

■検討した補助金1・・・「キャリア形成促進助成金」
これは「求職者対策」として以前からあるメジャーな制度ですね。うちは職人が技能検定にチャレンジするので、ほぼ毎年お世話になってます。訓練の経費(受講料など)の一部と、訓練期間の賃金の一部を助成してくれます。以前より書類がシンプルになったとはいえ、事前に年間の訓練計画書などを提出する必要があるなど、ちょっとハードルが高い制度です。
現在は「東日本大震災復興対策特例処置」で、被災地に対しては助成率が引き上げられてるのがポイントですね。

■検討した補助金2・・・・「被災地復興建設労働者育成支援奨励金」
なにかを調べていて、たまたま辿り着いたページにあったのですが、こちらも「被災地の復興に必要な建設人材を育成するために、事業主が負担した訓練の経費を助成します」という助成制度。助成の対象になる訓練や技能講習が限定されてますが、助成申請書類が少ないし経費の全額補助なので、使いたいな~、と思って問い合わせたところ、「この助成金は、訓練が終了してからの申請は出来ません。」との応え。「そうなんですか~、最近この制度を知ったので、残念でした」と言ったところ、紹介していただいたのが↓↓↓

■検討した補助金3・・・・「建設労働者確保育成助成金」
「中小建設事業主や中小建設事業主団体が、建設労働者の雇用の改善や建設労働者の技能の向上等をはかるための取組みを行った場合に助成を受けることができる」助成制度。
こう読むと、「あ~も~、なにが違うのかよくわかりません!」と言いたくなりますが、こちらは「訓練」に限らず、「雇用を確保するために頑張ったら助成」という感じで、様々なコースが用意されてます。しかも、「キャリア形成促進助成金」で受給資格をGETしているのなら、対象訓練に関して上乗せの形で助成を受けることもできるのです。
事前申請していなくても、提出期限までに申請すればOK!というのがポイントですね。

・・・この1ヶ月、色々検討した結果わかったことは、
「ネットで調べたりハローワークに聞いたりするのもいいけれど、『これ、使えるかな?』と思ったら、労働局に問い合わせしちゃおう!!」ということでした。担当の方は、面倒くさがらず、丁寧に相談に乗ってくれますよ♪

■補足・・・「事業復興型雇用創出助成金」・・・これは建設に限定しない、雇用に関する岩手県の助成制度ですが、国や県の他の助成制度と併用できないことが多いので、要注意です。

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2013年5月25日 (土)

再び「EAST LOOP」のブローチのこと

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 出会ってからずっと、ささやかに応援している「EAST LOOP」のブローチ。詳細はHPを見ていただきたいのですが、被災した女性がニットのブローチなどのアクセサリを作って、その販売を様々な団体や個人が販売支援して、本体価格の50%が生産者グループに入るシステムです。私も販売支援をしたことがありますが、今は個人的に購入してプレゼントにしたり、出来るだけ身に付けるようにしています。
 今年の冬に、写真のブローチ(限定品)を購入して、身に付けるようになってから、
「素敵なブローチしてますね!」
「どこで買ったんですか?」
「手作り??」
 と、声を掛けられることが増えてます。先日など、マリメッコの布バッグと色合いが一緒だったから、「マリメッコの?」なんてきかれちゃいましたよ。
 そこで、「被災地支援ブローチなんですよ。見かけたら購入してくださいネ!」と言うと、皆さん驚かれるんですよね(^_^;; 多分、「被災地支援品は、デザインや仕上がりがイマイチ」という先入観があったのでしょう。
 最初は確かに、苦労したと聞いています。普通の毛糸編みでさえ経験が無い女性が多かったらしく、実際の何倍もの大きさのを編んで訓練したとか。ところが、震災から2年が過ぎて、製作者のクオリティも、日に日に上がってきたのでしょう。今では、「被災地支援」という言葉がとれても充分通用する商品に、脱皮しつつあるのではないでしょうか。
 このプロジェクトを「応援したい!」と強く思ったのは、フライヤーに使われていた、
「はたらくことは、生きること」
というコピーでした。実際、この手仕事をきっかけに前を向いて、笑顔が出来るようになったと「生産者さんたちからのメッセージ」にあります。
 Facebookでも情報発信していますので、気が向いたらアクセスしてみて下さい。

 

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2012年9月12日 (水)

あの日から1年半。2012.9.11に寄せて

 今日であの日から1年6ヶ月がたちました。仮設に入っていた私の親戚は、幸いなことにこの長くて厳しい夏を、新居で過ごすことができました。津波の犠牲になった親戚は、3月の一周忌法要で送ることが出来ました。そうして私の中では、ひとつづつ区切りがついていった18ヶ月でした。
 そんなわけで、自分の身近な「震災関連」は、ほぼ業務関連だけになりましたが、こちらは未だにゴールが見えていない状態です。震災による修理工事を一日も早く終わらせたいと思っていても(スミマセン。まだ終わってません…)、沿岸地域や沿岸から内陸に移住した方からの新築依頼にも、一日も早く応えたいと思い、気持ちばかりが焦る日々を送っています。

 昨年の今頃は、チャリティーイベントの運営に携わったり、被災された女性たちが作った商品の販売協力やPRなど、出来る範囲で被災地に関わっていたと思います。しかし今年は、7月にイベントをやった以外は、これといった活動をしていません。今年の私がしてることといったら、せいぜい「もし出来れば、被災地に足を運んで下さい」と、伝えることぐらいになっています。
 きっかけは、8月頭のことでした。お墓掃除の為に盛岡のホテルに泊まった時のこと。朝食をとっている時に隣の席の母娘(多分、母親は同世代)と何気なく会話が始まり、横浜から帰省しているとわかりました。そして、こちらが遠野から来たとわかると、
「遠野といえば、被災地に随分協力してると聞いています。今、被災地はどうですか?」と。
これには言葉が詰まりました。その方は盛岡出身なので、普通よりかは興味をもってニュースをみているから、遠野のことも知っているのでしょう。でも、「どうですか?」という質問には、「明日のお天気はどうですか?」と同じレベルか!? という空気もあり、思わず「具体的に何が聞きたいですか?」と聞き返しそうになりつつも、『いやいや、関東では情報が少ないからしょうがないんだ』と気を取り直し、当たり障りのない話でお茶を濁したのです。
 後日、その時の対応についての後悔を、twitterやFBでさんざん書いたのでご存知の方もいるかと思いますが、今思えば、「もし時間が許せば、被災地に足をのばしてみませんか?」とか、「もし被災者のチャリティアイテムが販売を見掛けることがあったら、是非手にとって欲しい」と伝えれば良かったと後悔したのです。
 被災地に足を運ぶこと…。東京からわざわざ釜石を訪ねた友人も、茨城から「見に来た」高校教師も、近畿から出張で来た営業マンも、「見に行くなんて、許されないのでは?」と及び腰になっていましたが、皆さんに私は
「いえ、行って下さい。行って自分の目で見て、誰かに伝えて下さい。そして少しでも被災地にお金を落として下さい」と伝えています。
 もちろん仮設商店街などでお金を使ってもらうことも大切ですが、それ以上に、日本の中には「被災地」という大きな傷があることを、自分の目で確認して欲しいと思うからです。それはちょうど、自分が自覚症状の無い表に出ない病気を患っていることを知りながら、怖いから知りたくない、病院に行きたくない、知らないうちに治っていて欲しい…と、現実に目を背けて毎日を送っているのに似ていると思うのです。病状を自分の目で確かめて感じてみれば、ソレに対して自分はなにをすべきなのか、自分が何も出来ないならどこのお医者さんに相談すればいいのか、回復させるための情報を自ら集めたりすると思うのです。
 「TVで観て知ってるつもりでいましたが、実際足を運んでみると、現実は全然違った」と、皆さん口を揃えます。人の手で作られた情報では得られないものを感じられたのでしょう。
 私たちが生きている日本には、今も血が滲んでいる場所があります。それを自ら確認する機会を、是非。

 《お詫び》 毎度、口先だけでスミマセン。

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2012年7月19日 (木)

「第3回ねまるべフェスティバル」開催しますよ~!

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今年もやります!! 「第3回 三陸復興ねまるべ遠野~サマーフェスティバル」

 昨年のチャリティーバザーオークションでの皆様のご協力誠に感謝します。総額1,279,851円を遠野市、遠野まごころネットへ寄付させて頂きました。

 そして今年は、ちょっと趣向を変えて、三陸地域復興として大船渡のサンマの冷燻や
ケータリングカーなど、沿岸地域の商品や美味しいモノの販売をさせていただきます。

 フリーマーケットも同時開催♪
出店大募集中です! 出店料は無料です。どしどし申し込みお待ちしています。

 ビアガーデンも充実!! 遠野バーガー、ゴウちゃんコロッケなどなど、美味しい飲食ブースもご期待下さい♪
アンクルさんのオモチャくじもあるから、親子で楽しい日曜日を、
遠野で過ごしてみませんか?

□キッチンカー紹介□
○1台目

http://www.tohoku-c.com/car/iwate/iwate15.html

台湾のかき氷風の新感覚パフェ ゆきんこパフェ 500円
いかの姿焼き 500円/クリームソーダ 300円/コーヒーフロート 300円

○2台目
http://www.tohoku-c.com/car/iwate/iwate1.html

びっくりたこ焼き

○3台目
http://ameblo.jp/karakoma/entry-11279103368.html

 

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