井筒さん@縄文焼き

縄文野焼き作家の井筒さんの個展に行ってきました。
井筒さんの作品は、このブログでも何度かご紹介してますが、個展におじゃまするのは久しぶりでした。今回は「遠野 風の丘」で、6月1日~15日まで開催中です。
いつも粘土を購入していただいている井筒さんですが、作品を前にゆっくりお話を聞いたのは、久しぶりかもしれないです。
「縄文にこだわる人は多いけど、『この文様は○○期のだとか、この形は○○式だとかいう人が居るけど、私はそういうことよりも、なにに使ったんだろう?とか、そういうことに興味があるの」
「たとえばこの片口型だって、水を注ぐのに使うには浅すぎる。この模様だって、単にスベリ止めだったかも?て思うんだ。だって、縄文人はそんな面倒なことは考えなかったと思うのよ」
ナルホド、○○式とかって名前は現代の人が考えたことで、縄文の人がなにを思ってこの模様・形にしたのかは、意外と必要に迫られてのことだったかもしれない。そう思うと、縄文が急に身近に感じられるから不思議。
ところで、ひとつ取り置きをお願いしてしまいました~(^-~)。写真ではうまく色が出なかったのですが、印象的な赤の花器です。
「実は、これは嫁っこさんのところの粘土100%で作ってみたんだ!」
色もですが、ナイフの彫り跡がススキに見えて、全体的につけられた細かい縄の模様がサザナミの様。
「当たり前だけど、色も焼きムラも偶然の産物だから、『これと同じで小ぶりの』とか言われるけど、同じのは無理だもんネ」
だからこそ、野焼きは面白いんですよね!
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野焼きの井筒さんは、うちの「野焼き粘土」を使っていただいてます。「野焼き」とはいえがイベントのイメージがありますが、ご自宅に常設の野焼き窯を持っている本格派。今までも何度か作品展を見せていただいたり作品も持ってますが、粘土にEM菌を練りこんでいることは知ったのは、今日がはじめてでした~! 次回お会いしたときには、その辺のことをお聞きしなくちゃ~ 




さてこの「すり鉢」の作者ですが、陸前高田市出身で、野田村で作陶している泉田之也さん。現在42歳というのは、陶芸家としてはまだまだ若手? 以前から、その発想の自由さやフォルムの美しさが好きで、展示会があれば出来るだけ足を運んでいました。そんな泉田さん、実は朝日陶芸展で2度のグランプリ受賞歴があるにもかかわらず、すり鉢なんか、しかもS・M・Lの3種類も作っちゃうカンジが、私のツボにはまってしまったのでした。
ダンナと二人で「肴町48」でモーニングセットをいただいた。このお店はダンナの近頃のお気に入りで、「日替わり弁当LOVE」なのだそう。このお店に限らず、盛岡に泊まった翌朝にモーニングをいただいている時間は、とんでもなく贅沢で幸せな時間。しかもこの日は大雪の翌朝で、お店の小さな中庭がちょっとした雪景に。幸せ度倍増!なのでした。
何度もブログに登場している薬師窯さんの展示会について詳しい情報が入りましたのでお知らせです。


掘る穴は13個、竹の束を立てる為だということが判明。自己紹介もそこそこに、4人でもくもくと穴を掘ります。「暑いね〜!」「こんなに身体動かすのは久しぶりかも!」9月の最終日にしては暑い太陽の下で、いくら砂地とはいえすぐに汗だくになってしまいます。
午後は人海戦術で一気に穴を掘り上げて、3時の小昼タイムのあとは、いよいよ竹束作りです。でも、竹をどうやって縛るの? と思っていたら、鎌田が携帯電話片手に縛り方の研究中。へー、Googleで調べるられるんだ。でも、面倒くさいからフツーにやろうよ! ということになって、皆で指にマメを作りながら13束作りました。5時近くなると急に風が冷たくなって、沈む夕日と追いかけっこしながらの作業に皆が真剣そのもの。だって、ここは街灯なんかないんですもの。夕日がすっかり沈んだ頃には後片付けも終了して、みんな満足そうな笑顔。完成まではまだ時間がかかりそうだけど、この過程がすでにアートだよね?なんて思ったりしたのでした。
その窯は、国道396号と283号を結ぶ道路から山に向かって上っていったところにあります。鳥の声と薪を割る音、わずかに薪が燃える匂いがします。
火が入るまでの15日間は、400〜500個の作品を吟味しながら窯の中に積んで行く作業で、身体が悲鳴を上げたとか。そして明日からは、ひっきりなしに窯に薪をくべる(24時間!!)日が5日間続く予定とか。あ〜、やっぱり今日来て良かった〜
「今はガス窯とか電気窯とか手軽にキレイにできる窯があるけど、あえて登窯で焼くのは、最後の仕上げを偶然による奇跡に任せたいからかな?」
最後はやはり、「加守田邸」の見学でした。没後20年を数える加守田章二は、我が家にとっては身近な存在でも、もしかしたら既に忘れられかけているのではないか? そんな風に思う事もありました。しかし、この若い彼女らの反応を見て、そんな疑問は吹っ飛んでしまいました! 加守田自身が彫った「加守田」という表札と〒マークに大歓声を上げ、朽ちかけた窯を見つめる若い彼女らが加守田の何に惹かれているのかわからない。けれど、少なくとも今でも加守田氏は、陶芸を志す人にとっては大きな存在なのだということを、気付かせてくれたのでした。
夕方から盛岡に出かけ、遠野に戻る前の一服を、中央公民館のバードランド・カフェで過ごしました。静かにJAZZが流れるお店の窓からは、明治初期の建物の瓦屋根が見えます。慌ただしい1週間を締めくくるのにふさわしい、しっとりとした時間を過ごす事ができました。
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